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2004年08月05日
[ふるさと]

原爆の日

 明日6日、広島で59回目の「原爆の日」。

 実は、母は当時島根県出雲市から、広島で「新型爆弾」の甚大な被害、との報で 2日後の8月8日、医療班の一員として広島入りしている。 このとき残留放射能を浴びたと思われ、その後体を悪くした。

 このときの話はあまりまとまって聞いたことがないのだけれど、 なにか怒りとか悲しみとかいう以前に、仕方がない、やりきれないという 思いのほうが伝わってきた。

 とにかく、今では歴史の一部になってしまったこの事件に、母が立ち会った ということを自分なりに大事にしているつもり。 子どもたちにも話して聞かせている。

 母は、自分がもらうべきものではない、と言い続けていた[いや、聞いたことはないが、なんとなくそう思い続けていたらしい]被爆者手帳を、 そろそろあのとき働いたという証に持ってもいいんじゃない、という周りの 薦めでようやく申請して、最近になって受け取りました。今でも健在です。


コメント(2)| この記事のリンク

■ そうでしたか
お元気でなによりです。
私の祖父は前日に通過して難を逃れたと生前に語っていました。
そういう伝え聞きの話しすら、今はどんどん風化していってますね。
風化ならまだしも、曲げられていくのは恐ろしいことです。
mugen (2004-08-06 00:33:37)


■ 伝え聞きの話
被爆の話はとくに語りたがらない人が多いかも知れませんね。子や孫に影響がないかという心配もあったみたいだし。

あとは話を聞いた者が想像力を発揮するしかありませんね。
yoshi (2004-08-06 22:21:55)

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