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2005年05月14日
[ステージ]
ミュージカル「レ・ミゼラブル」の訳詞
葉桜日記 で映画の字幕翻訳のことを話題にされていました。ご存知の通り映画の字幕と言えば戸田奈津子さんですが、 字幕翻訳は、画面上の文字数など、きつい制約を背負っているというところが苦労が多いものだろうと思います。 それでいて、人気作であればあるほど、ファンの思い入れの強さも強いので、 「あそこはもうちょっとこうできたのではないか」なんてという声も起こりやすいものだろうと思われ、 そのご苦労は察せられないほどのものがあるだろうと思っています。
いま帝国劇場で上演中の「レ・ミゼラブル」
は、ロンドン公演の英語版から岩谷時子さんが訳詞したものですが、CDで聴きながら英日の歌詞を聞き比べると、
歌の訳詞もまた、「音を合わせなければいけない」という、映画の字幕とはまた別の、とんでもなくきつい制約の下で
書かなければならず、その苦労もまた並々ならぬものであろうことが察せられます。
英語と日本語とでは、少ない音節で言える情報量が違います(母音の多い日本語がどうしても少ない)。
たとえば冒頭の囚人の歌
Look down, Look down, / Don't see 'em in the eye"Look down"が2回のところをようやく「したむけ」1回しか言えてないわけです。
し た む け / 目 を あ わ す な
しかも、ミュージカル(とくに「レ・ミゼラブル」のように全編が歌で進行する作品)では「意訳」の許される 範囲というのも限られてきます。 このへんのところを レ・ミゼラブルへの深い愛情が感じられるブログ RED AND BLACK - レ・ミゼラブル2005日記で考察されているのを見つけました。 「月刊ミュージカル」からの話として、 訳詞にあたっては、イギリスのスタッフから英語の歌詞と同じ母音になるよう(おそらく、長音符のところだと思うのですが) 厳しい注文がついたという話があります。 こうした制約の中では、日本語の歌と歌詞の関係で望ましいとされている「抑揚とメロディの一致」 (たとえば「からたちの花がさいたよ…」のような)はもはやほとんど不可能であろうと思われます。 こうした中で、岩谷時子さんの訳詞は見事な「処理」をしています。 いや、中には苦しい妥協の産物もあると思うのですが、それもまた仕方なかろう、他に誰がこれよりいい詞を書けたというのか、と思います。 RED AND BLACK - レ・ミゼラブル2005日記さんの指摘
Is Marius in love at last? / I have never heard him ‘ooh’ and ‘aah’"gone by"と「乾杯」などは、訳していて「やったぜ」と小さくガッツポーズをされたのではないですかね。 それくらい見事にぴったりです。 この他、僕が自分で気がついたことですと、あまりにも知られすぎているかも知れませんが、 ジャン・バルジャンの囚人番号2-4-6-0-1 (two-four-six-oh-one)を 2-4-6-5-3 (にい よん ろく ごー さん)と変えているところなどは、音を合わせるために 当然のようにしなければならない処理だったのだろうと思います。また、ジャン・バルジャンが歌いだす"One day more!"が「きょうも」と一致しているのもあります。 [05.05.15:囚人番号について追記] 余談ですが、24653という囚人番号、僕は初めて観に行ったとき「246号さん」だと思っていました。ジャベールが
ついに恋をした / 堅物マリウスが ※ aah と「が」の一致【ABCカフェ】 Drink with me to days gone by
過ぎた 日に 乾杯 ※ gone by と「乾杯」 【その夜(共に飲もう)】
「え?どうした、246号さんよ?ふっふっふ…」
と言ってるんだと。ところがバルジャンが自分の過去を告白するシーンで、「おれは246号さん!」と叫ぶのはおかしいので、24653だと気がついたようなわけです。 「レ・ミゼラブル」の歌詞で個人的にすごく好きなのは、新妻聖子さんの歌うOn My Ownの2番
In the rain the pavement shines like silverのところですね。訳詞としてはそのままに近いのですが、「妖しく光る」がすごい。 それにとても視覚的なイメージに訴える部分です。僕はこの辺りから胸が高鳴り、鳥肌が立ちそうになります。 以下、また追記するかも知れませんが、今日のところはとりあえず。
雨 の 舗道 は 銀色
All the lights are misty in the river
川 も 妖しく 光る
コメント(11)| この記事のリンク
| ■ トラックバックありがとうございます | |
| yoshiさんが書いていらっしゃるように、海外ミュージカルの訳詞は映画の字幕に優るとも劣らぬほど難しそうですね。ふだんはなかなか訳詞の出来にまで注意が向けられませんが、数年前(?)に観た「キス・ミー・ケイト」の訳詞は少々不満でした。岩谷さんだったら、たぶんああいう歌詞にはしないと思います。 | |
| Tompei (2005-05-15 01:15:28) |
| ■ ありがとうございます | |
| おじゃまします。訳詞の件、自分のblogより丁寧に解説していただき、またリンクも張っていただいてありがとうございます。「One Day More!」がなんで「今日も」になるのか、上の記事を読んで腑に落ちました。勉強になります。5月に入り、新妻さんのOn My Ownも恋心がヒートアップしている気がしますね。楽日まであと一週間なんて早すぎる…! | |
| red and black (2005-05-15 01:37:03) |
| ■ そういえば | |
| 私も囚人番号についてとある場所で情報を教えていただいのですが、タイムリーにもこの件について皆さん記事を書かれていたので反応してしまいました。 こうやって様々なところを突き詰めていくと、何回観ても観たりない気持ちになりますね。 | |
| しょこら (2005-05-15 02:26:21) |
| ■ そうなんですよね。 | |
| 大変興味深く読ませていただきました。私も英語版のレミゼのCDを聞きながら日本語と母音を合わせてあるところが随所にあって、“岩谷さんはさすがだなぁ”と感動すら覚えていたのです。 | |
| おとく (2005-05-21 09:32:05) |
| ■ 森田さん | |
| レミゼに詳しいおとくさんならもうご覧になってるかも知れませんが、元キャストのひとり森田浩貴さんの謎解きも興味深いです。 http://blog.livedoor.jp/kokimix123/ 僕はエピローグの「誰かを愛することは 神様のおそばにいることだ」がどうしてああいう訳詞になったのか気になってます。英語の歌詞は "... to see the face of God!" おそらくGodは音にすると「ガー」だということと、開放的な「あー」で歌わせたかったのだと思ってますが。 | |
| yoshi (2005-05-21 14:00:52) |
| ■ 思い出したんですけど… | |
| 韻を踏む、ということで昔、「オンマイオウン」の最後、“ひとりーさー”が“ひとりーよー”とされて歌われていたこともありました。すぐ今の歌詞に戻ったので不評だったのでしょう。エポらしくないですものね。 | |
| おとく (2005-05-27 07:46:34) |
| ■ エピローグの訳詞について | |
| 「神様のおそばにいることだ」と英詞の最後のgodの件について思いついたことがあるので、遅まきながらコメントさせて頂きます。 godの最後の子音dと次のフレーズDo you hear the people sing?の最初のdが繋がるように配慮されていることから、日本語でも繋がるような配慮(この場合いることだ〜若者達の/両方とも<あ>の母音)がなされているのだと思います。 歌唱指導の山口先生が良く我々におっしゃっていたのが、このシーンは<絶対にデリケートに、なるべくブレスなどを大きくせず、どこからともなく聞こえてくるようなニュアンスを持って>歌うようにとのご指示でした。そのニュアンスを出すためにも、必要な配慮だったのだと思います。 | |
| がぶ@こーき (2005-06-15 10:34:21) |
| ■ エピローグ | |
| まさか森田さんご自身からコメント頂けるとは思いませんでした!ありがとうございます。 > どこからともなく聞こえてくるようなニュアンス まさにその通りですね。あの民衆の歌が「どこからともなく」聞こえてくる瞬間、何度思い出しても鳥肌が立ちます。 これからもご活躍と、ブログでの面白い話を期待してます。 | |
| yoshi (2005-06-15 19:44:24) |
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