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2006年11月08日
[チェロと音楽]

〈セロ弾きのゴーシュ〉の音楽論

〈セロ弾きのゴーシュ〉の音楽論―音楽近代主義を超えて 梅津時比古

先日書いた毎日の「クラシックブームを考える」というコラムを書いたかたが宮沢賢治「セロ弾きのゴーシュ」について本を書いているというので取り寄せて読んでみた。

〈セロ弾きのゴーシュ〉の音楽論―音楽近代主義を超えて 梅津時比古[東京書籍 2003.05.21]

「セロ弾きのゴーシュ」を読み解くための注釈本とも言えるし、「セロ弾きのゴーシュ」を入り口にした筆者の音楽論とも言える。哲学に近い。特に音楽においてテクニックや合理性を追及する近代主義を批判して、そこを超えた境地にゴーシュは至ったのではないか……という話。

このひとは「ゴーシュ」の名前の由来について独特の説を唱えていて、 定説とされるフランス語の gauche (下手な、ゆがんだ、左の)もさることながら、ドイツ語の gauch(カッコウ)を賢治は意識したのではないか、という[岩手日報文学賞宮沢賢治賞受賞講演 04.07.21]。

ではゴーシュの名を自らのペンションに付属のホールの名にもしている goshu さんはどうして goshu としているのだろうと思ったら、ちゃんと前に書いておられ[ゴーシュのスペル 05.03.24]、なるほどと納得した。

あと、アマチュアチェリストとしての宮沢賢治はどれほどの腕前だったのか、ですが、これがぜんぜん大したことがなくて、きちんと習ったのは三十歳のとき(1926年12月)チェロを抱えて花巻から東京に出て行った三日間だけ、しかも三日目にようやくウェルナーの教則本のやさしいところを習っただけだというから、博学・万能の賢治にもチェロだけは負けずに済みそうだとなんだか安心した。

賢治のチェロは当時定価百七十円のものだったらしい。鈴木バイオリン製。カツレツが五銭、筆耕(ガリ版切り)のアルバイトが1枚二十銭の時代と聞くと、現代に置き換えれば1円=1万円か、もうちょっと上の感覚だろうから170円は200万円位?

当時の賢治は花巻農学校の教諭として月給80〜100円だったというが、これは地方の一介の教諭にしては非常に高額に思えるし、父親に生活費を補助してもらっていたというから、全部が現金支給というわけではなかったのかも知れない(江戸時代の「米百石扶持」みたいなものかも)。

いずれにしてもチェロは思い切った買い物だったことにはちがいない。


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